――段々と意識が遠のいていく。
ああ、俺、死ぬのか。
つい最近まで死を怖がっていたが、いざ死の間際になると恐怖はそこまでないものらしい。焦りなどの感情は特にない。至って冷静だ。自分が死ぬという事実を、どこか客観視している部分があるかもしれない。
俺を轢いたトラックが何事もなかったかのように走り去っていく姿を見ながら、俺はそう考えていた。
はあ……。折角なら、結婚してから死にたかった。
目を覚ました時、最初に見たのは知らない天井だった。
……は?
ここどこ? 俺トラックに轢かれたはずじゃ?
俺は即座に起き上がって周りを見渡す。
……俺の部屋じゃない。俺の部屋はもっと散らかっていて、足の踏み場もなかったはずだ。この部屋は綺麗に整頓されていて、持ち主は几帳面な性格だったことがこれだけで推測できるような部屋だ。
じゃあなんなんだこの部屋は……?
「雅人ー? 早く起きなさーい!」
誰の声だ? 俺の記憶の隅から隅まで探ってみるが、こんな声に心当たりはない。しかも、俺の名前は雅人ではない。
「あら? 起きてるじゃない」
突如ドアが開かれ、おそらくさっきの声の主であろう人物が顔を出した。
その人物は……
――超絶美人だった!!!!
この人はいったい誰なんだろう。同じ家に住んでいて、結構年が離れているようだから母親だろうか。
俺は、この人が作ったパンを咀嚼しながらこう思った。
先ほど美人と言ったが、この人はどちらかというとアニメ顔の美人だ。三次元ではなく、二次元顔。もちろん、現実にはこれほどの美人は存在しない。
おそらく俺は、転生したと考える方が自然だろう。いや、転生も十分現実的じゃないけどな?
トラックに轢かれて、知らない人がどうやら母親らしくて、それも二次元風美人。証拠はこれだけ揃ってるんだ。むしろ転生していないと考える方が難しい。
だが、小説によく出てくるような中世ヨーロッパとはまた違う。おそらく現実世界風の世界に転生したのだろう。たった今飲み込んだ食パンと、家の電子機器などがそれを証明してくれる。
「あんた、早く食べて学校行きなさい。私はもう仕事行くわよ?」
「あー、うん」
母はそう言って家から出ていった。この世界に来てから始めて会話をしたが、違和感はなかっただろうか? いや、返事だけだから大丈夫だ。多分。
いや、転生前の俺の口調がヤバイ可能性もある。「了解した。母上」とか普段言ってたらどうしよう? 絶対ない。
というか、俺はどこの学校に通っているんだ? そもそも学校はどこにあるんだ?
とりあえず、俺の部屋に戻ることにする。もしかしたら俺がいちいち学校の場所と行く時間をメモする人かもしれないからだ。あと学校に行くための荷物も取りたい。
戻ってきたぞ。荷物が入ってるカバンは……あった。スマホは……あった。生徒手帳は……あった。よし、これで通っている学校は分かるな。
ふむふむ。……あった。えーっと?
――神山高校、一年?
顔写真には、見覚えのある制服を着たイケメン(この世界に来てからの俺)の姿があった。
――突然だが話題を変えよう。
俺はプロセカというゲームが好きだ。高校と寝る時間以外はプロセカをやっているぐらいには。
そして、プロセカの世界に入りたいと思ったこともある。神高に入学したいとも思ったこともあるし、宮女に侵入して変質者扱いを受けたいと思ったこともある。
そんな俺が、プロセカの世界に入ったと分かったらどうなると思う?
「うおおおおおおおおおおお!!!!!!!!」
叫ぶ。
俺は、神高の校門の前に来ていた。
本当にあった。神山高校。
スマホがあってよかった。なかったらここの位置が分からずそこらへんで野垂れ死んでいたに違いない。
時間も大丈夫そうだ。周りにちらほらと登校してきている生徒達がいる。みんな顔面偏差値が高い。
スマホを見て気づいたのだが、今は5月らしい。入学してから約1か月ほどしか経っていない、進学したてホヤホヤの高校生だ。
一体俺は、これからどうなってしまうのだろう。
そんな一抹の不安を覚えながら、俺は神山高校の門をくぐった。